第4章 庭小屋の宝石屋 (2024/05/22)
ワンディがロンドンから帰ってきて2週間が過ぎていた。ワンディが住むヘレナおばあちゃんの家から空を見上げると雲ひとつない青空が広がっており、心地よい風はヘレナおばあちゃんの庭にひろがる草花木をやさしくゆらしていた。ヘレナもこの気持ちの良い天気を見逃さず、いつも以上に自慢の庭の手入れに精を出していた。
「おばあちゃん」訪ねてきた男性が声をかけた。しかし、ヘレナは土の耕しに夢中になっている。「ヘ・レ・ナ・おばあちゃん」もう一度、さっきよりも大きな声でゆっくりと男性は声をかけた。
ヘレナはようやくその声に気づいて頭がピクンと上を向いた。たっぷりとした体をゆっくりと持ち上げながら立ち上がると後ろを振り向いた。「やあ、トニーかい」ヘレナは首にかけていたタオルで汗を拭いながら言った。「あんたが訪ねて来るなんてめずらしいね」
「あ〜たしかにそうだな。ちょいとワンディから頼まれていたものがあってね」トニーはそう言うと肩にかけていたかばんを下ろした。「それで、ワンディはいるかい?」トニーが聞いた。「ワンディはまだ学校だよ。いったい何だね、頼まれていたものってのは?」ヘレナが聞き返した。
トニーはかばんの中から黒紙に包まれた板を取り出した。「これ」さらっと言いながら、トニーは板をヘレナに見せた。「何だい、それは?」ヘレナはまだ何なのか、検討もつかない。
「ワンディ、宝石屋はじめるんだろ?それで、俺に看板をつくってくれって頼まれてよ。その看板が出来たから持ってきたってわけさ」トニーは包んでいた黒紙をめくり、1枚の板をはっきりとヘレナに見せた。
その板はヒノキでつくられた小さな額くらいの大きさだ。中央にイチゴのヘタの絵が彫られ、淡いグリーンの色で塗られている。その下にはfrujoux(フルージュ)と描いており、一番下には小さくJewelry(ジュエリー)と描かれていた。
「トニー、アンタ、知っているのかい?ワンディが宝石屋はじめることを?」
「知っているも何も、2週間くらい前かな?いきなり、作業場にやってきてお願いがありますって」トニーはワンディのモノマネをしながら言った。「僕、宝石屋はじめるんです。だから、看板をつくってほしいんです。ですがお金は持っていません。でも、どうしても作ってほしいんです。そう言って、これ渡されたんだよ」
トニーは画用紙に描かれた看板のイメージの絵をヘレナに見せた。「笑えるよな。お金持ってないけど作ってほしいって・・・ワンディ、お母さん出て行ってからいつも元気なかっただろ。でもあの時のワンディの目はキラキラしていてこう、なんていうか俺まで胸が熱くなったというか・・・まあ、それでふたつ返事で作ってきたわけだ。それでおばあちゃん、その宝石屋はどこでやるんだい?」
ヘレナは一歩一歩ゆっくりと歩きだした。「ここだよ」庭小屋をポンポンと叩いた。「わたしもワンディから聞いたときはびっくりしたよ。・・・ロンドンから帰ってきたと思ったら、庭小屋で宝石屋をさせてほしいっていうもんだからね」トニーはかぶっていた帽子を手に取って叩いた。「おばあちゃん。それはおもしろい!あははっ」
「庭小屋で宝石屋かぁ〜」トニーは庭全体を見渡した。「たしかに、この庭はいつ通りがかっても本当にキレイだし、その庭小屋だってとても味わいがある。あははっ、ワンディのやつおもしろいこと考えたな」「そうだから、わたしもたくさんのお客さんが来てくれるようにと今まで以上に庭に手をかけてたところさ」ヘレナは足元の不要な草を引っこ抜いて返事した。
「おっと、いけね。おばあちゃん。もう、わかった。じゃあこの看板をワンディにわたしといてくれるかい」トニーは看板をヘレナの両手に渡した。「わざわざありがとよ」ヘレナは受け取った看板を見ながら言った。「それでいくら、かかったんだね、この看板は?私が支払うからね」
「あっ、いや、おばあちゃん。代金はホントいいんだ。ワンディとの約束でもう少し先ではらってくれるそうだ。・・・だから、言っといてくれ。楽しみに待ってるぜって。それじゃあ、おばあちゃん、またな!」トニーは次の仕事をふと思い出したようで早口で言いながら去っていった。
「おやおや、忙しい中ありがとよ、トニー」ヘレナはトニーの姿を遠めに見ながら言った。「ふふっ。ホント、トニーが言うように庭小屋で宝石屋なんて、一体どうなるんだろうね。・・・でも、あの子が決めたことだから、しっかりと応援させてもらうよ。さあ、わたしも、もうひと踏ん張りがんばらないとね」そう言うと、ヘレナは預かった看板を庭小屋の隅において、庭作業へと戻っていった。
そうして、ワンディはタイじいと約束したちょうど一ヶ月後の今日。タイラー・エリアソンのお店があるロンドンのハットン・ガーデンへと来ていた。
そういえば、この間来たときはダニエルやエルサもいて心強かった。それに、あの二人とはお別れの挨拶が出きていなかったな。ワンディは1ヶ月前の出来事を少し懐かしむように思い出しながらタイラーのお店の扉をノックした。・・・コン、コン
しかし、何も返事がなかったのでもう一度ノックした。・・・やはり返事がないのでワンディは扉を開けてみることにした。「どなたか、いらっしゃいますか?」薄暗いお店の中は静まり返っていた。お店の一番奥に見える場所にひとつだけ、灯りがぽつんとついて誰かが下を向いて作業をしているのが見えた。
ようやく、誰かが入ってきたことに気づいたようだ。「あっ、ワンディ?」作業をしていたのはタイラーのお店で働くアナスタシア・ジェンキンスだった。アナは作業にかけていたメガネをはずしながら店先へと歩いてきた。「本当にきたわね。あれから1ヶ月がちょうど今日ね」
「アナ、お久しぶりです」ワンディも軽く会釈をしながら挨拶した。「もちろんですよ。この日を楽しみにしていましたからね」「そこにへ座って」アナは店中央の長テーブルがあるソファーの椅子を指差した。「今日はね、タイじいはいないの。今、フランスへ行ってるのよ」アナは長テーブルの照明のスイッチをパチンと入れた。
「紅茶でいい?」アナは返事を聞かないまま、奥へ行ってからしばらくして紅茶を2つ持ってきて、ワンディの目の前に腰掛けた。「ふ〜つかれた」アナは一息ついて、紅茶を口にした。「元気してた?出来てるわよ。あなたの作品」
「タイじい、今日いないんですね?」ワンディがアナに聞いた。「そう、シャエル・ド・エーから招待を受けてね。何か、大切な話があるっていってたわ」「シャエル・ド・エーですか?」ワンディがゆっくりと聞きなおした。「ん?そうよ、シャエル・ド・エーよ・・・って、あんた、知らないとか言わないわよね」
「かぁ〜、うそでしょ?だって、この間、そのシャエル・ド・エーのダニエルとエルサと一緒に来てたじゃない!ジュエリー界では超がつくほどの有名なふたりよ?」「えっ、そうだったんですね。全々知りませんでした」「・・・あんたって、何か不思議よね」
「まあ、いいわ。じゃ、持って来るわね」アナは棚から小さな小箱を2つ持ってきた。テーブルに1作品ずつ広げてワンディへ見せた。「じゃ〜ん。これがあなたのデザインした。ジェエリーたちよ」
「こ、これっ・・・」ワンディの目に輝きが増した。「あのデザインがこんな、こんな・・・あぁアナ、とても、美しいです」「でしょ〜。でも正直に言うとあんたが書いたデザイン、ホントむちゃくちゃだったんだからね!」アナは足を組んで説教を垂れた。「わたしがいろいろと手直しして最後はタイじいに見てもらったわ。それからルイ兄さんたちの工房でひとつひとつ丁寧につくってもらったんたから」
「ルイ兄さんたちって?」ワンディが聞いた。「あらっ、あなたこの間会ってなかったかしら?タイじいを慕って働く職人たちよ。ルイ兄さんの手にかかればそりゃあなたの作品も一流に様変わりよ」「そうなんですね。アナ、もうなんといったらいいか。本当に感動しているよ・・・こんな、すてきな・・・」
「それで、どうするのよ。このジュエリーたち。どこかのお店に置かせてもらうつもり?」
「いや、もう決めています。僕、宝石屋としてはじめるんです」「へ〜、そうなんだ。って、たった4種類しかないわよ?」「この4つのジュエリーで大丈夫なんです。こんなに信じられないほどステキに仕上げてもらったら、もう俄然やる気が出てきました。」
「ワンディ、あなた何か変わったわね。前来たときは全然ぱっとしない顔つきに自信なさそうな感じだったし・・・あっ!でも、何か忘れていない?」「?・・・何でしょうか?」「あちゃ〜、何もわかっていないね。・・・もし、もしもだよ。このジュエリーを買ってくれる人があらわれたら、このまま渡すのかい?」
「あっ、確かにそうですね」「そうだろう、そうだろう。そう思ってこちらも作っておきました・・・はい!商品を入れるボックスに、お客様に渡す紙袋」「あ〜、すごい!ちゃんと、イチゴのヘタのロゴやお店の名前も入れてくれているんですね」
「何から何までありがとうございます」「お礼はタイじいにちゃんと言ってね」「そうですね」アナはジュエリーと付属品一式を袋にまとめはじめた。
「・・・じゃあ、これで全部ね。まっ頑張りなさいよ。タイじいが作ったジュエリーたちに恥をかかせないでね」「わかりました。また、日をあらためてタイじいにはご挨拶に伺います。アナも忙しいのにありがとう」「そうよ、私は忙しいのよ。コンテストの準備もしなくちゃいけないし・・・あっそうだ、ワンディはコンテストには参加するの?」
「何のコンテストですか?」「ゴルディールが開催するジュエリー・デザイナーズ・コンテストよ。これも知らないのね?」「ゴルディール?・・・ゴルディール、う〜ん?どこかで聞いたような。・・・あっ、もしかしてその人って、こ〜〜んなに大きな男で”じつにくだらん!”とか言う人ですか?」
ワンディは1ヶ月前、ロンドンからグランサムに帰ってきた日のことを思い出した。
ーーーーーグランサムの駅から、家に戻る途中、宝石屋の目の前を通りがかったときだ。「じつにくだらん!」「じつにくだらん!」宝石屋の中から大きな声が道端まで突き刺すように何回も聞こえていた。
何かと思ってワンディは立ち止まり、お店の中を覗き込んだ。「それではゴルディールさんこちらはいかがでしょうか?」お店の店主はへつらうように大きな男に宝石を持ってきた。「あー、じつにくだらん!もーよい、下がれ!」さっきよりも大きな声だ。
「ゴルディール様、こんな田舎町の宝石屋、この程度のものでございます」大きな男の傍に立っている、きつね顔の付添人は店主にもうよいといっている。
「お父様、ホントつまらないわ!」ツンとした女がお店から出てきた。「もう、いいから早くいきましょう。お父様をいったい誰だと思っているのかしら」女はワンディの目の前を足早に通り過ぎ、馬車へと乗り込んだ。
「シャーデリア!」大きな男も後を追ってお店の外へと出てきた。身長は190cmはゆうに超える大男でワンディのすぐ目の前で立ち止まり、両手を大きく広げた。「こおいう小さなお店を見ることも大切だぞ。ごくまれにじゃがすばらしい宝石が眠っているときもある・・・」
「お父様!わたしは早くニュートン先生が通われていた学校へいきたいの」「わかっておる。わかっておる。わしもニュートン先生にはすぐにでもご挨拶に向かいたい・・・ん?何じゃ、小僧。何見とる」
ゴルディールの目が脇下に見えるワンディを見つけた。「わしは見せ物ではないぞ」ワンディはただ呆然とたっていた。「おい、お前、さっさと下がらんか!」ゴルディールの付添人はワンディの手を引っ張り、間に立ちはだかった。
「ゴルディール様に近寄る出ない!」付添人はワンディの眉間に人指し指を突きつけて睨み顔をした後、満面の笑みへ一瞬で切り替えた「さあ、ゴルディール様、次はお楽しみのニュートン先生の母校でございます。ここからすぐでございますぞ」ーーーーー
ワンディはしかめっ面でゴルディールとかいう感じの悪い大きな男のことを思い出した。
アナはワンディの顔を見ながらうれしそうに話をはじめた。「ふっ。そうそう、ゴルディールの”じつにくだらん!”はとても有名ね。それから、娘のシャーデリアとふたり揃って、アイザック・ニュートンの事が大好きで、いつもニュートン先生って呼んでいるわ」
「そのゴルディールが先月、そうちょうどワンディがこのお店に来た日だわ・・・ロンドンの駅前で新作映画の発表をしていたの・・・アメリカの超人気女優”ヴィヴィアン・カーリー”が主演でイギリスが舞台となった恋愛物語を作るらしいわ。わォ、あのヴィヴィアンがロンドンに来ていたのよ!・・・その映画のスポンサーにゴルディールがなっているのよ」
「ゴルディールは世界4大ジュエラーのひとつでトップのシャエル・ド・エーに次ぐ、アメリカのジュエラーだわ、今もっとも勢いのあるジュエラーね。そのゴルディールがイギリスでの撮影期間を利用して、ジュエリー・デザイナーズ・コンテストを開催するのよ」
「まあ、優勝賞金はたいしたことないけど入賞者はヴィヴィアンと一緒に会食できるのよ。あぁ、一緒のテーブルで食事だなんて、想像するだけで気絶しそうよ・・・コンテストにはダニエルとエルサも参加するわよ。ワンディも参加したらいいわ」
「いえいえ、コンテストだなんてとんでもないです・・・アナは参加するんですか?」「もちろんよ!・・・ただ、今回のコンテストはヨーロッパ中の若手デザイナーが名を上げるいい機会だと思って参加してくるわ・・・ダニエルやエルサもそうね。ホント競合ぞろいよ。それでも、わたしは数年だけどタイじいの傍で一緒にやってきたわ。このコンテストは自分の成長を確認するためにはもってこいだと思うの・・・」
「すごいね、アナ」「あらやだ、わたし何か熱くなっちゃたわ・・・」アナは手をうちわにして顔を仰いだ。「今回のコンテストはテーマが決まっているの」アナは奥の作業場へ何か取りに向かった。
「これ見て、0.2ctのダイヤモンド」アナの手のひらに小さくも存在感ある輝き放っていた「コンテストの参加者ひとりひとりに5つずつ配っていたわ。さすがゴルディールすごいわね。それでテーマはこの0.2ctのダイヤを1作品に1つだけ使ったジュエリーを作ること。デザインに決まりはなく自由に表現していいわ。そして、1人5つまで作品を出していいことになっている。コンテストはまだ3ヵ月後だけど・・・今、いろいろとその準備をしていたわ」
「そうねワンディ、せっかくだから、あなたも1作品、作ってみなさいよ。わたしのエントリーから出せば問題ないわ・・・こんな経験はそうそうできないわよ」そう言って、アナは0.2ctのダイヤモンドのひとつを小袋にいれ、ワンディへ渡した。テンポよく話をすすめるアナにワンディは断る術を持っていなかった。しぶしぶではあるがワンディもコンテストに参加することとなった。
庭小屋の宝石屋はいつ開店するのか?ワンディは思いついた時から決めていた。7月31日だ。7月31日はワンディの母、ソフィーの誕生日。あと1週間後だ。
庭小屋のまわりは薔薇やハーブなどたくさんの花で彩りを魅せていた。目をつぶり香りを嗅けばハーブのいい香りが心地よい。庭小屋の入り口へと続く、螺旋のアプローチは一歩一歩歩くたびに楽しささえ感じられる。
扉にはトニーに作ってもらった看板を飾った。遠目からでもイチゴのヘタの淡いグリーンが目を引いている。扉を開ければ庭小屋に入れていたものはすべてきれいに片付けられていた。中はどうだろう?大人3人が入るかどうかの狭さ。
庭小屋の中は腰の高さほどのテーブルを1つ置いた。これも追加でトニーに作ってもらったものだ。上からテーブルクロスを敷き、4種類しかないジュエリーを並べてみた。飾り方は町の宝石屋を見たときと同じようにしてみた。うん、いい感じだ。小窓から入り込む日差しでジュエリーたちがキラキラして喜んでいるようだ。
開店を明日に控えるころ、ワンディが庭小屋ではじめる宝石屋のことは学校中はもちろん、グランサムの小さな街の人達にも知ることとなっていた。もちろん、その多くはワンディのやる事を嘲笑う人たちだ。『そんなの成功するわけがない!』
「どうだい。もう準備はできたのかい?」夕飯の食卓でヘレナはワンディに聞いた。「そうだね。大丈夫さ」ワンディはヘレナおばあちゃんが特別に作ってくれたお祝いの料理を美味しそうに食べながら返事をした。「まわりの声なんか気にしないでいいからね」街の人の声を聞いていたヘレナは心配していた。「うん、気にしていないから・・・」
この日の夜、ワンディは興奮と緊張で寝付けなかった。明日から開くお店にもしかしたらたくさんお客さんが来てくれるかもというワクワク感もあるし、いやいや誰ひとり来てくれないのではないかという不安のどっちも交互に感じていた。ただ、そんな気持ちの中でもワンディは枕の上で手を組み、天井をぼ〜っと見ながら、不思議な木のフルージュで出会った女の子のことを思い浮かべていた。
あの子はいったい何だったんだろうか?本当にあの子はあの場所にいたんだろうか?いや、でも、たしかに僕のことをワンディと呼んでくれた。あの時、ほんの一瞬の出来事だったが2年を過ぎた今でもあの子のことを思い出せる。・・・もう一度会いたい・・・もう一度
そして、庭小屋の宝石屋が静かに開店した。・・・庭小屋の前でワンディは立って、お客さんを待つことにした。ヘレナも家と庭小屋をいったりきたりしてワンディ以上にそわそわしているのが見て伺えた。ワンディはたまに道端へ出て、誰かお客さんと呼べる方がこちらに向かってくるのではないかと見るがその気配すらなかった。
いい天気に恵まれ、開店にふさわしい日ではあった。しかし、その日の夕方には誰ひとり来てくれないという不安の考えのほうが正しい事がはっきりとした。・・・学校が休みの日には1日中、お店を開け、学校がある日は終わってからの数時間、お店を開けることとした。だが今だ1週間たってもお客さんが来ることはなかった。
学校の休み時間に同じクラスの男の子が三人、ワンディに近寄ってきた。真ん中の青白い子が声をかけてきた。「やあワンディ。どうだいお店は繁盛して忙しいかい?・・・ぷっ」あとのふたりも一緒になってクスクスと笑い出した。「おいおい、誰ひとり来ていないって聞いたけど本当なの?・・・ぷっ」笑いをこらえながらもう一度ワンディに聞いた。「そうだね。お店には誰も来ていないよ」ワンディは悔しかったがウソはつきたくなかった。「かわいそうに・・・僕たちがお客の役になって行ってあげようか?・・・ぷっ」男の子達はハイタッチをしながら笑った。
別の日の学校の帰り道、酒場の前を通り過ぎるときに声がかかった。「お〜い、そこを歩いているのは宝石屋の店主、ワンディ君じゃないか・・・」酔っ払いのいい大人たちが絡んできた。「なんか小さな小屋で宝石売ってがっぽがっぽ稼いでいるって聞いたぜ・・・そりゃ、夢の話だったか!・・・がははっ」笑いに混じって別の男も言い出した。「いやいやそれは違うぜ、母ちゃん出て行って寂しくなったから宝石屋はじめて、いい女でも見つけようってことだろう!・・・がははっ」
ワンディは歯を食いしばって聞いていた。さらに別の男も言い出した。「そんな誰が作ったかわからんペテン師の宝石なんざ・・・」バコッ!酔っ払いに殴りかかる男がいた。「お前ら!」看板屋のトニーだった。「いい大人が寄ってたかって言いたいこといいやがって!・・・ワンディ、ここはいいから早く帰れ!」「何だてめえは!」酔っ払いたちとトニーの喧嘩が始まった。
看板屋のトニーはワンディのおじ、エドワードの親友である。結婚はしておらず、仕事一筋でこれまでがんばってきた。若い日のころ、実はワンディの母ソフィーに片思いをしていた男でもあった。酒場の前をたまたま通りがかったトニーはワンディを見つけた。声をかけようとしたが、酔っ払いたちからのワンディへの悪口が耳に入ってきた。怒りが込み上げてきたトニーはいてもたってもいられず、カッとなって思わず手が出てしまったのだ。
喧嘩は多勢に無勢。トニーはこてんぱんにやられてしまったようだ。しばらくして、ワンディはこの間、助けてもらったお礼にとトニーの仕事場へいった。顔はぱんぱんに膨れ上がっていて、頭に包帯を巻いていた。それでもトニーは切れている口を大きく開いて「おうワンディ!また、こまったやつらがいれば俺がコテンパンにやっつけてやるからな!」そういいながら、元気な拳を突き上げていた。喧嘩は負けても、気持ちでは酔っ払いたちに勝っていたようだ。
© 2022–2026 Tadahiko Sakai. All Rights Reserved.Story and characters: Fruje
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