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第6章 虹のダイヤと工房の職人たち (2024/12/19 15:51)

ーーー2ヶ月前。タイラー・エリアソンはフランス・パリ、ヴァンドーム広場に本店を置く、シャエル・ド・エーに来ていた。

「タイラー・エリアソン様、お待ちしておりました」受付の女性が言った。「ご案内いたします。こちらへどうぞ」受付の女性は1階のブティックの奥にある、きらびやかにつくられた螺旋階段をのぼり、2階のサロンを通り抜け、3階のメゾンへとタイラーを案内した。

「お連れいたしました」受付の女性は扉をノックし、声をかけた。「お入りください」扉の中から声が聞こえた。受付の女性は扉を開けた後、タイラーを部屋の中へと招きいれた。部屋にはふたりの女性が立っている。

「タイラー、お久しぶりです」ひとりの女性が声をかけた。「お変わりありませんこと、タイラー?」もうひとりの女性も声をかけた。「シャルロットにアナエル。ふたり揃って、わしに用とはいったい何じゃ?」タイラーが聞いた。

シャエル・ド・エーは3人の女性で設立されたジュエラーである。直接、経営にたずさわるシャルロット・バリーとアナエル・マランそして毎年発表するジュエリーのデザインテーマを決定する、Aとしか公表されていない3人目の女性で今日まで独創性あふれる作品をつくり続けている。

「もう、すでにご存知だとは思いますが」シャルロットが話をはじめた。「先月、ロンドンのキングズ・クロス駅前でゴルディールが発表したことについてです」「映画のことかな?」タイラーはそばに置いてある、椅子に腰掛けながら言った。「そうではありません」アナエルが言った。「コンテストのことです」「わかっておる」タイラーはあごをなぞりながらアナエルに言った。「なぜ、コンテストをやるのか?ということだな」

「そうです。ゴルディールがなぜ、ジュエリー・デザイナーズ・コンテストを開催するのか?」シャルロットはタイラーに言った。「私どもはゴルディールについて、重要な情報を得ています。それはあなたも一時期追い求めてきた虹のダイヤのことです。現在、当ジュエラーでは7つある虹のダイヤのうち、赤のダイヤと黄のダイヤを持っています・・

世界4大ジュエラーと呼ばれるには3つの条件が必要とされている。1、世界、主要国の王室からの承諾。 2、世界、主要国を含む100店舗以上を展開。 3、虹のダイヤを持つジュエラーであること。現在、フランスのシャエル・ド・エーは赤のダイヤと黄のダイヤ。同じくフランスのルヴァイスは紫のダイヤ。イタリアのミレニティアはオレンジのダイヤ。アメリカのゴルディールは青のダイヤを持っており、シャエル・ド・エーは2つの虹のダイヤを手にしていることで世界4大ジュエラーのトップに君臨しているのである。

「・・・そして、まだ、表に出ていない虹のダイヤはダークネイビーのダイヤと緑のダイヤのふたつです。どうやら、ゴルディールはすでにダークネイビーのダイヤを手にしていると聞いております」それを聞いたタイラーは、一瞬、眉間にシワを寄せ、怒りの表情を見せた。「・・・もし、それが本当なら私どもにとって、とても重大な影響を及ぼす事態だと思っているのです」

「まあ、わしが知ったことではないと思うが・・・」タイラーが言った。「そんなことはおっしゃらないでください」アナエルが言った。「私どもとあなたは10年ほど一緒に仕事を続けてきた絆がございます。そして、あなたが最後の年に残してくれた魔法をテーマにしたコレクションたちは今もなお人気のある作品ばかりで・・・」

「アナエル」シャルロットが話をさえぎった。「タイラー、今回あなたをお呼びしたのは緑のダイヤの存在についてです。これまで緑のダイヤについては世界中を探しておりますが今だ見つけることができておりません」「別名、ドライアドの涙のことじゃな・・・」タイラーが言った。「残念じゃがわしにはわからん。場所はおろか本当に存在するものなのかもじゃ。・・・もし、ゴルディールがダークネイビーのダイヤを手にしているのであればコンテストの開催には何か意味があるのかもしれんな」

「ええ、私どももそう考えております」シャルロットが言った「ですのでコンテストにはダニエル・ウィンストン、エルサ・キャンベルの両名を参加させることとしました。ふたりには当ジュエラーの代表として、その活躍を期待するとともにゴルディールの真意を悟ってほしいと思っています」

「タイラー」アナエルが言った「緑のダイヤについて、黒林檎の魔女からは何か聞かれていませんか?」シャルロットとアナエルは凛とした表情でタイラーを見ている。「・・・アリスか」タイラーは今回呼ばれた本題はこれかと思い、少し笑みを浮かべた。「さあ?とくに何も聞いてはおらんよ」そう言って、タイラーは席を立った。「それじゃ、これで話は終わりのようじゃから、失礼させてもらうよ。今日はパリのお祭りのようだから、わしも楽しませてもらうとするかの・・・」

”黒林檎の魔女”とはイギリスにある、魔法書店の占い師のことである。名はアリス・クラフト。彼女とタイラーの出会いはタイラーがまだ23歳でジュエラーの見習いとして修行していた頃、ふらっと魔法書店に立ち寄ったことがきっかけだった。店内には魔術に関する書物から魔法グッズなどが置かれており、非日常であり独特の雰囲気が存在する場所であった。

タイラーが書物を興味深く見ていると書店の店主から娘が地下で占いをやっているのでぜひ、見てもらってくださいとすすめられる。タイラーは言われるがまま、地下へ降りていった。薄暗い地下室の先に見えるカーテンをめくると18歳のアリス・クラフトがそこに座っていた。タイラーは彼女を見た瞬間、恋に落ちてしまった。

タイラーはアリスと出合ったときの占いの導きどおり、その後、ジュエラーとして独立し、成功をつかむ。王室の専属ジュエラーを任されることや引き際のタイミング。その後、約10年つとめたシャエル・ド・エーでの活躍もすべて黒林檎の魔女である、アリス・クラフトの助言だった。アリスもまたタイラーを愛している。タイラーからの結婚の申し入れは何度もあったがこの距離感こそがいい関係をもたらすと言うのが彼女の言葉だ。

黒林檎の魔女の由来は「彼女の占いは大当たりする」と多くの人に広まったころ、ひとりの貴族がアリスに助言を求め訪ねてきた。アリスはテーブルの上に置いてあった赤いリンゴを手で持ちあげたと思ったら、一瞬でそのリンゴを黒く染めて見せた。黒く染まったリンゴをその貴族へ差出し、アリスはこう言った。「この黒林檎を食べればあなたの願いは叶うでしょう。その代償とともに」このときのやりとりが今もなお語り継がれている。

ーーー話はもどり、ゴルディールが開催するジュエリー・デザイナーズ・コンテストは来週にせまっていた頃、ワンディはロンドンのタイラー・エリアソンのお店に来ていた。「本当に申し訳ございませんでしたー!」ワンディはお店に入るなり、すぐに作業をしているタイじいのもとへと向かい謝った。「タイじいの了解も得ないで追加での注文をお願いしたのはアナではなく、この僕なんです」

「ん?ワンディ、来ておったのか」タイラーは作業の手を止め、ワンディを見た。「ちょっと、ちょっと・・・」うしろからアナがやってきた。「ワンディ、何よ急に」「本当はもっと早くきたかったのですが・・・」ワンディは話をつづけた。「・・・ジュエリーを作っていただいたこともそうですし、アナに無理な追加の注文をお願いしたことも・・・いろいろと本当にごめんなさい」

「おやおや、どうしんたんじゃ、その話についてはすべてアナから聞いておる」タイラーが言った。「無理な追加の注文ではないし、納期についてもアナが約束したとおりにすすめておる。それに先週、エドワード・コーウェルさんが見えて、謝罪とともに今回の注文についての半金はすでにいただいておる。つまり、ワンディが謝る必要はまったくないということじゃ」「エドワードおじさんが・・・」ワンディが言った。

「いやしかし・・・ジュエリーは実におもしろいではないか」タイラーが言った。「もちろんすべてではないにしても思いが入ったジュエリーにはいろんな人を引き寄せることがある。今回のいきさつも実に愉快でわしも若い頃を思い出して楽しんでおったところじゃ。それにほら、これはお前がコンテストに出す作品を今作っていたところじゃ」タイラーの手にはチェリー・ベイクウェル・カップケーキの形をしたリングを見せた。

「ワンディ、正直に言って。あなた、ふざけてるでしょ」アナはワンディの肩を押しながら言った。「あなたからコンテストのデザインを見せてもらったとき、コンテストの参加をすすめたこと、わたし、とても後悔したわ。こんなのとてもタイじいに見せられないって・・・」「いやでも・・・」ワンディは負けじとアナに言い返した。「前にも話をしたと思うけどこのチェリー・ベイクウェル・カップケーキは母さんがとても大好きで・・・」

「まあまあ、いいじゃないか」タイラーは笑みをうかべながら、ふたりをなだめた。「わしもはじめて見たときは、はて、どうしたもんか?ととまどったが、いざ、作ってみるとまんざらでもないじゃろうが。ほんで、このチェリーのところにダイヤを乗せればいいんじゃなワンディ?」「はい、そうです」ワンディはうれしそうな笑顔をみせた。

「おお、そうじゃ」タイラーは思いついたようにワンディに言った。「せっかく来たのなら工房を見ていったらいい。お前さんのジュエリーを今ちょうどルイたちが作っているところが見れるじゃろから。・・・アナ、案内してやってくれるか。わしはこれから少しばかり用があって出かけるからの」

タイラーは小部屋でジャケットにネクタイ姿に着替え、帽子をかぶり、ステッキを手に持って出てきた。「それじゃワンディ、次はコンテストの日に会おうかの。アナ、あとはたのむよ」タイラーはふたりに声をかけたあと、お店を出て行った。「いってらっしゃい」アナはタイラーを見送りながら声をかけた。「アナ」ワンディは言った。「タイじいは何かの仕事ででかけたんですか?」

「ううん」アナは首をふった。「今日はね、タイじいは大好きな人との記念日なの。はじめて出会ってから今日で50年目の特別な日・・・じゃあ、わたしたちも出かけましょうか」タイラーの工房はお店から15分ほど南に歩いた、テムズ川そばの路地にあった。「さあ、着いたわ、ここよ」アナは2階建ての建物入り口を指した。「入る前にひとつ忠告しておくわ。この工房をまかされているルイ兄さんはとにかく、とっても気が短いの。だから、気をつけてね」

工房は2階にあったが階段をのぼりはじめて、すぐに怒鳴り声やハンマーで金属を叩く音、何かを削るような音、いろんな音が耳に飛び込んできた。ワンディはアナのうしろを修羅場に向かうような怖い気持ちで歩いていた。少しだけ開いている扉をアナは当然、中には聞こえないだろうと思いながらも一応ノックし、扉を開けた。

「失礼しまーす」アナは大きな声で言った。「おう!アナ。どうした?」恰幅のいい男。工房をまかされているルイが振り返り、アナに気づいた。「ルイ兄さんたちが会いたがっている人を連れてきました。さあ、入って」アナにそう言われてワンディは工房の中へと入った。

「こんにちは。・・・ワンディ・ウッドと申します。このたびは無理な追加の注文を聞いていただき、本当にありがとうございます」見なくとも感じる威圧感にワンディの目線は正面ではなく床を向いていた。「ワンディ?・・・お〜っ、お前がワンディか!おい、みんな!ストップ、ストップ!こっちへ今すぐくるんだ」ルイは奥で作業している仲間に手招きした。

これ以上この場にいるのは無理と感じたワンディは2歩、あとずさりをしたがアナがビタッと手で背中を押さえ、逆にルイの目の前までグイグイ押していった。「お前、会いたかったぞ!」ルイの右手がワンディの左肩を、ドスンと掴んだ。まるでボーリングの玉を上から落とされたような衝撃にワンディは気を失いそうになった。「ち〜と、挨拶にくるのが遅いんじゃね〜か、なあ、みんな」

工房で作業しているのはルイを入れて5人の男たち。年は20代から40代までの職人がワンディの目の前に集まってきた。「おやおや、君がおやじを口説き落としたワンディ君かい?」ちょび髭をはやしたひとりの職人が言った。「よし、ピエール!お前から自己紹介だ。バシッといけ」ルイがそのちょび髭の男に向かって言った。

「えっ、自己紹介・・・コホンッ」ちょび髭のピエールが咳ばらいをひとつした。「え〜っ・・・と、ルイ兄、何話したらいいっすかね?」「バカッ!簡単な自己紹介だよ。名前とかほら、どんな仕事をしているとか、あとどんないきさつでここで働いているとかいろいろあんだろ」ルイがピエールを肘でつつきながら言った。

「あ〜なるほど・・・オレはピエール。ルイ兄に15歳の時に誘われて、この仕事をやっている。今15年目・・・ルイ兄!オレもうこの仕事、15年もやってるんですね」ピエールはルイを見たが怒っている表情に気づき話をつづけた。「ごめんごめん、あんまりこういうの慣れてなくて、オレあんまり頭よくないから。オレの仕事はメッキ専門さ・・・こんなもんすかね」

「次、ドニ」ルイが親指で指した。ドニはこくりとうなずいたあと、一歩前に出て話し始めた。「はじめまして、ワンディ君。私の名前はドニ。今45歳だからこの中では一番年上になるかな。タイラーさんとは18歳から一緒に仕事をさせてもらっている。ゴルディールでも少し働いていたけど・・・う〜ん、その話はいいか。ここではダイヤモンドなどの石の調達や研磨を担当しているよ」

「じゃあ、次はヤニックだね」ドニが両手でヤニックの肩をつかんで前に出した。「あっ・・・はい。僕の名前はヤニック。28歳。ドニさんの紹介でこの工房で働いていて、石留めや研磨などやっているかな」ヤニックははずかしそうに帽子を顔に当ててごもごもと話した。

「じゃあ、最後ロムジー!」ルイが一番後ろにいる男に声かけた。ロムジーはゆっくりワンディの前まで出てきてから右手でワンディの手を取り握手し、左手でやさしくポンポンと叩いた。「あ、あ・・・」ロムジーは笑顔で手話をはじめた。「ピエール、通訳してやってくれ」ルイがピエールに声をかけた。

「ワンディ君。ロムジー、しゃべれないんだ」ピエールはワンディに声をかけたあと、ロムジーの手話を見ながら話し始めた。「ワンディ、よくあの頑固オヤジを口説き落とせたね。そのおかげで僕らはつまらない日常からわくわくする日常がはじまった。だから、君には感謝している。このままつまらない人生で終わるのかなとここ数年思っていたからね、ありがとう。おれの名前はロムジー。33歳。昔はスリで生活していた、ただのポンコツさ・・・長いな、ロムジー!」ピエールはうれしそうに手話をするロムジーをちゃかした。

「じゃあ、みんな自己紹介したな」ルイは満足そうに言った。「ルイ兄は?」ピエールが言った。「そうですよ。ルイさんも自己紹介しないと」ドニが言った。「そうか、オレ言ってなかったな」ルイは苦笑いを見せた。「オレはルイ。32歳だ。オヤジからはここの工房を任されている」

「ロムジーもさっき言ったがオレやピエールも昔はスリで生活していたんだ。12歳のときにオヤジにスリをするまではな。・・・あの日、12歳のオレは気分よくスリを続けていたんだ。それで急ぎ足で歩いていたオヤジを見つけて、よし、何か盗んでやれって思って、ポケットから財布を盗んだんだ」

「それから路地裏で財布の中を開いたら、ネックレスが入っていた。よく見るとペンダントには女性の顔が彫られてあった。それを見て、すぐに思ったよ。あっ、これは盗んではいけないものなんだって。だって、理由はよくわからないが勝手に目から涙が流れていたんだ。そんなことは生まれてはじめての経験だった。だからすぐに返そうと広場にもどったがもう、オヤジは見つからなかった」

「でも、それから1か月ぐらいして、前盗んだ時と同じように急ぎ足で歩くおっさんを見つけたら、オヤジだったんだ。すぐに声をかけて財布とネックレスを返して謝ったよ。そおしたら、オヤジなんて言ったと思う?」ルイはワンディの目を見た。「オヤジ、すっごい優しい顔しておれにありがとうって。言ってくれたんだ。そしたら、おれはおれは・・・」ルイはその時を思い出し、今にも泣き出しそうになった。

「ルイ兄、その話しだしたら、いつも泣くんですから。しかも、一番はなし長いし」ピエールはあきれた顔をしている。まわりのドニやヤニックは笑って。ロムジーも手を叩いて笑っていた。「すまんすまん。まあでも、それがきっかけでオヤジから住むところと食べ物の面倒見るから、この仕事を一緒にやらないかって誘ってくれたんだ」

「数年のあいだ続けてやってみたら、オレにもようやく働く大切さに気づいた。だから、ピエールやロムジーにもスリをやめさせて、この仕事をやってみろってオレが誘ったんだ。そんときと比べたら、ここも人はいろいろと変わってきたが今はこの5人でオヤジの工房を守っている。まあ、どこにも負けない最強の工房だな」工房の職人たちはたがいを見つめあっていい顔をしていた。

「ほんじゃあ、俺たちの話はこれで終わりだ。それで・・・」ルイはまわりの職人を見渡してから腰に手をあて、ワンディと同じ目線になるまで前かがみで顔を近づけた。「お前はどうやって、オヤジに仕事を頼み込んだんだ。しかも聞くところによると、はじめて会ったばかりでものの5分10分で仕事を受けることが決まったって話だぜ。なあ、アナ?」

「そっ、そうよ」アナは工房の椅子でゆっくりと話を聞いていたが慌てて立ち上がった。「あんたが来た日からあきらかにタイじいの様子が変わったわ。今まではもくもくと修理の依頼をこなすだけだった。でも、それが今では何か毎日がうれしそうな顔してやってる感じがして・・・」

「あ〜そうだ、アナの言う通りだ」ルイが言った。「オヤジはうれしそうなんだよ、お前の仕事をやるのが。オヤジはお前のことが気に入ったとか言ってたけどそんなことはどう考えたってありえねぇ。ここにいる、みんながよく知っている。オヤジに仕事をお願いしに来たやつは星の数ほどいるんだぜ。気分ひとつで仕事を受けたことなんて一度もねえんだ。だからお前、オヤジと何話したんだ?」

「それは、僕も思っていたことなんですが・・・」ワンディはうつろな目をして言った。「なんでお金も持っていない僕のためにここまでやってくれるのか?・・・今でもそう思っています。僕はオジからこのお店のことを教えてもらいました。タイじいというすごい職人がいるから一度伺ってみたらと・・・」

「そして、ジュエリーを作ってほしいとお願いしました。タイじいは僕に何でこのジュエリーをつくりたいのかって聞きました。僕は・・・不思議な木のフルージュへ行ったときの話をしました」「不思議な木のフルージュってシャーウッドの森にある木のことですよね」ドニがワンディに言った。「はい、そうです・・・」ワンディの気持ちは晴れ晴れとしていた。目の前にいる職人たちの雰囲気は家族や兄弟のような、そんな暖かさをこころから感じていたからである。

「僕はフルージュでとても大きなイチゴを見つけたんです。そして、3つのお願いをしました・・・」それを聞いたドニはごくりと喉を鳴らして、ワンディを見ている。「不思議の木のフルージュってのはたしか、いろんな果物が実るって、変わった木のことだろ」ルイも興味深そうにワンディに言った。「・・・それで、果実を見つけて食べたら願い事が叶うって話。おいおい、ワンディそれ本当なのか?」

「いやでもルイ兄、フルージュに果実が実るなんて話、もうずいぶん昔の事で。果実が実るなんてこと本当にあるんすか?」ピエールもワンディの会話にまじりたかった。「それで、お前どんな願い事したんだ」ルイはワンディに聞いた。「はい、僕がお願いしたのは”大きくなったら人を喜ばせるような仕事ができますように”、”母さんが幸せになりますように”、最後は”みんなが笑顔でありますように”・・・この3つをお願いしました」

「ほ〜〜っ、なんかお前らしい願い事っていうか。くそまじめな願い事だな」ルイは半にやけで言った。「おっなんだ、ロムジー?」ロムジーは手話でワンディに聞いた。「願い事は叶ったのかい?」ピエールが手話を見て通訳した。「はい、それが叶っているんです」ワンディはきっぱりと言った。「2番目の願いは叶って、母さんは再婚したんです。大好きな人と・・・」

「1番目の願いも今まさにこうやってみなさんが大切につくってくれたジュエリーがたくさんの人に買ってもらって、喜んでくれています。だから僕はこの仕事が好きなんです。それから、3番目の願いについてはまだよくわかっていません・・・」「3番目の願いは”みんなが笑顔でありますように”か・・・」ルイが言った。「お前の話、聞いてたら、その3番目の願いも叶いそうだな。なあ、みんな!」

「それでタイラーさんはその話を聞いて、仕事を引き受けてくれたんですか?」ドニがワンディに聞いた。「いえ、タイじいには願いの事は言っていません。帰り道に出会った女の子の話をしました」「ほ〜っ、なんだ女の子ってのは?」ルイは目を輝かせながら聞いた。「ウウンっ」アナがひとつ咳ばらいをした。

「帰り道、森の中で不思議な女の子に出会いました。まるで僕がその道を通ることを知っていたようではじめて会う子でしたが僕の名前も知っていました。きれいな金色の長い髪が印象的でとても可愛い子でした・・・」「おぉ〜っ、そんなに可愛い子か。もっと詳しく聞かせてくれ」ルイは前のめりにその女の子を聞きたがった。「ゴホンッ、ゴホンッ!」ルイに聞こえるようにアナが咳ばらいをふたつした。

「ルイ兄、アナが・・・」ピエールはルイのお尻を叩いた。「うん?アナ、ただ聞いてるだけさ・・・」ルイはアナに詫びるように言った。アナはプイっと横を向いた。「それで、その子とどうなったんだ?」「・・・それが、その子はその場からすぐにいなくなったんです。ほんのちょっとだけ目を離していていただけなんですが・・・」

「ですので、僕はその女の子にもう一度会いたい思いで宝石屋をはじめることを決めたんです」ワンディの顔は真っ赤になっていた。「ヒューッ」ピエールが口笛をひとつ吹いた。「好きな女の子ともう一度合うためって、なんかロマンチックな話ですね、ルイ兄」「それで、女の子とはもう会えたのか?」ルイがワンディに聞いた。「それが、2年たった今もまだ、会えていません」

「じゃあ、オヤジはお前のその話を聞いて。まあ、手助けというか人助けというか、そんな気持ちで仕事を受けたってことか・・・オヤジ、そんなにロマンチックだったか?」「タイラーさんはワンディ君と若い時の自分を重ねてみたんじゃないんですかね。アリスさんのことを好きなように」ドニはルイに言った。

「あ〜なるほど、アリスさんか・・・あっ、そういえばオヤジ、もう出かけたのか?アナ」ルイは思い出したようにアナに聞いた。「ええ、しっかりとお洒落をして、ついさっき出かけていったわ」「ルイ兄、アリスさんとタイじい。今日で50年目なんすよね。俺たち何もしなくてよかったんすかね?そのお祝いのプレゼントとか・・・」ピエールがルイに聞いた。

「う〜〜ん」ルイは困った表情を見せた。「このあいだ、その話はオヤジにしてみたが何もせんでいいって・・・」「あの〜」アナが口をはさんできた。「それについては昨日、アリスさんに工房のみんなからですと言って記念のものを渡してきましたけど・・・そんな、何もせんでいいって言われてもするのが普通でしょ」

「アナ!そうか、アリスさんに渡してくれてたのか。やっぱり、お前は気が利くな」「さすがアナ、ルイ兄のだめなとこ、よくわかってますね」ピエールは言ってはいけない事を言ってしまった。「なんだ、ピエール!オレが悪いっていうのか!」ルイはピエールの胸ぐらをつかんだ。「ルイ兄はいつもなんですよ。決めるときにパッと決められないというか優柔不断というか・・・アナにもはっきりと気持ちを伝えてあげ・・・バゴッ!」

ピエールはルイに殴られてうしろの壁へ吹き飛ばされた。「アナのことは関係ないだろうが!・・・」「いいや、関係大ありです。前から一言いいたかったんですが・・・」ピエールも立ち上がりながらルイに向かって言い返した。「さっ、さっ・・・ワンディ君、こっちへ」ドニは慣れたようにヤニックとワンディに声をかけ、工房の外へと連れ出した。そのあとを追ってアナも出てきた。「こうなるとしばらくふたりは収まりませんから、あとはロムジーにまかせておけば大丈夫でしょう」

工房の中からガッチャン、ガッチャンと激しくやりあっている音が聞こえている。「じゃあ、ワンディ。次はコンテストで会いましょうか?」アナは話をまとめた。「えっ、今、ふたりはアナさんのことで喧嘩しているでしょうか?」ワンディはどうしても気になったので聞いてみた。「もう、その話はいいのよ・・・」アナは気まずそうな顔をしている。「じゃあ、ワンディ君。また、コンテストの日に会いましょう」ドニは笑顔で話をまとめた。

© 2022–2026 Tadahiko Sakai. All Rights Reserved.Story and characters: Fruje

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